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学問の大禁忌は作輟なり。或は作し或は輟むることありては遂に成就することなし。故に片時も此の緩がせなくするを、その志を持すると云う。(吉田松陰、「講孟箚記」安政二年七月二十六日)
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説教節(小沢昭一のCD2枚)
2008年05月05日 (月) | 編集 |
珍しく、本でなくてCD。
知人に説教節に興味があると話したら、貸してくれた。
説教の研究書というと、以前に関山和夫の本を少し読んだくらいなのだが、やっぱ実際に聞きたいし!
私は説「経」だと思っていたのだが、説「教」でもいいみたいね。



【1】
唸る、語る、小沢昭一の世界「節談説教板敷山/榎物語」
(ビクターエンタテインメント、2001/12/19)


小沢昭一さん、私はよく知らないのだが、俳優で俳人らしい。
これは、その小沢さんが昔の説教師のテープを聴いて体得した説教「板敷山」(1972年、京都シルク・ホール)と、永井荷風の「榎物語」(を語った1971年、俳優座(都民劇場))もの。

「板敷山」は「親鸞聖人御一代記」に出て来る、親鸞が49歳の頃の話。
当時親鸞は関東で布教していたのだけれど、板敷山周辺はずっと修験道が盛んな土地だったそうな。
お話は、そこで勢力のあった山伏の弁円が、親鸞の人気に嫉妬して、山道で親鸞を待ち伏せして殺そうとするのだけれど、最後に改心して、さらに数年後には…という内容。
聞き惚れてしまった。

その次の「榎物語」は、もっと物語色が濃くて更に素敵でした。



【2】
小沢昭一が訪ねた「能登の節談説教」
(ビクターエンタテインメント、2001/12/19)


こちらは、1990年に石川県の満覚寺で行われた第20回布教大会(毎年6/21に行われているらしいのだけれど、まだ続いているのかな?)の、一部を、小沢さんが記録したもの。
説教「信心獲得」(茂利宗玄師)と、説教「弥陀の誓願不思議に助けられ」(広陵兼純師)とが入ってます。

小沢昭一さんのほうが芸達者で楽しめる感じ(でも題材が違うせいかもしれない)はするものの、こちらも迫力十分。
特に、語り手のすぐ目の前に聞き手の大衆がいるんだろうなあというのが、ざわめきからよく伝わってきます。
「弥陀の誓願不思議に助けられ」では、ついほろりときてしまった。

前に狂言を観に行った時も思ったことなのだけれど、こういう舞台や講談の類って、過去にそれを観て来た人たちのことに思いを馳せながら観ると、すっごく深く身に染みる(気がする)。
ある芸能が残っているということは、その芸能を素晴らしいと思う人々というのが昔から現代までずっといたということで、それはどんな人たちだったんだろうか、と。

ともかく二枚ともお勧めです。

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