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学問の大禁忌は作輟なり。或は作し或は輟むることありては遂に成就することなし。故に片時も此の緩がせなくするを、その志を持すると云う。(吉田松陰、「講孟箚記」安政二年七月二十六日)
辞書(『VOL lexicon』)
2009年09月13日 (日) | 編集 |
VOL lexicon(レキシコン)VOL lexicon(レキシコン)
(2009/07/10)
矢部 史郎、

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・『VOL lexicon』矢部史郎、白石嘉治、他VOL編集委員(編集)、以文社

デヴィッド・グレーバーの新しい本、欲しいなあ。読みたいなあ。

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そして詩へ?(スティーブン・ピンカー『思考する言語(下)』)
2009年09月13日 (日) | 編集 |
思考する言語〈下〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)思考する言語〈下〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)
(2009/04)
スティーブン ピンカー

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・スティーブン・ピンカー『思考する言語(下)』NHKブックス

下巻は、タブー語と、ほのめかし(または相互知識)についてのはなしがメイン。
どうしてこうも面白いテーマ目白押しなのか。
著者は、とりあえず今のところ詩については言及してないけれど、他の本はどうなのかしら。読んでみたい。
私も頑張ろう。石原吉郎の詩よ、待ってて!

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メタファーに挑戦(スティーブン・ピンカー『思考する言語(中)』)
2009年09月13日 (日) | 編集 |
思考する言語〈中〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)思考する言語〈中〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)
(2009/03)
スティーブン ピンカー

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・スティーブン・ピンカー『思考する言語(中)』NHKブックス

中巻は、メタファーのはなしがメイン。
これもまた面白い!メタファー、まだよくわからんが(つまり自分では使えない語だが)、もっと知りたい。
あと名前についてのはなしも。
名前のもつ社会性とか、前に私が考えたことと重なるところがあって、ああまた考えたい。


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構文で興奮(スティーブン・ピンカー『思考する言語(上)』)
2009年09月13日 (日) | 編集 |
思考する言語〈上〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)思考する言語〈上〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)
(2009/03)
スティーブン ピンカー

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・スティーブン・ピンカー『思考する言語(上)』NHKブックス

こりゃ面白い!
この本は主に英語について書かれたものだけれど、日本語についてだって色々考えられそう。

上巻は、動詞の分類と構文のはなしがメイン。
ある動詞が与格構文・使役構文のどちらをとるかについて、習慣としてその両方が可か、片方しか可でないか・・・こういうのは、その言語を母語としない人にはわかりにくいことだけれど、たしかにある。

ああ、昔の英語の授業を思い出す。
作文のとき、日本語で考えていることをそのまま英語にしようとすると、やたらと主語が受け身な文になった(この「なった」というのもそうだが)。変な英文になったものだ。自動詞と他動詞とか、もうわけわからんかった。
いまでも稀に英作しなきゃならないときは、辞書で例文をよく読んでから書くようにしているのだが、それでも変な英語になる。

私は日本語の詩への興味からこの本を読んだのだが、詩の言い回しって妙なものがあるし、ともかくこれは刺激をくれる本だ。

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ブラトノイ(『内村剛介ロングインタビュー』)
2009年03月20日 (金) | 編集 |
内村剛介ロングインタビュー内村剛介ロングインタビュー
(2008/07)
不明

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『内村剛介ロングインタビュー 生き急ぎ、感じせく―私の二十世紀』(陶山幾朗(編集・構成、惠雅堂出版)

読んでから大分間があいてしまったけれど。

繰り返しになりますが、言語それ自体に興味があるんじゃない。言語という素材を使って、人がどういう表現をするかということ。言語という万人共通の資料をどのように使うか。文法的に言えば、シンタクシス(統辞論)なんでしょうが、しかしあなたもおそらく経験があるように、書いていてこれはどうにも俺の文章じゃないという事態にしょっちゅうぶつかるでしょう。それで、人は書き直し書き直しする。あれはやっぱり自分のリズムに合うまでやってるんですね。他人から見れば、意味は同じだからそんなことどっちでもいいじゃないかとなるかも知れないが、でも、どっちでもよくはないんで、そのとき人は自分固有の文章を探しているんですよ、それは誰もそうしているはずです。そういうことを僕は他人の文章について見て行きたいわけ。
(75-76頁)


この人の、こういう志(といっていいと思う)はとても素晴らしいし、学びたい学ばねばと思う。のだけれど、同時にその「見て行」き方が強すぎて、弱い人間につらくあたることもあるのだろうなと思った。勿論、つらくあたるのが悪いということではない。
たとえば、ソ連に抑留された日本人たちの「帰国(ダモイ)」について述べたところ。

 ええ、全員が知っていました(ソ連が1947年に死刑を廃止していたのを、戦後当地に抑留されていた日本人たちが知っていたということ―引用者注)。そして、本当はわれわれは死んでいたはずなのに、そのことは棚上げして、生きているという事実だけを踏まえてですね、「生き残ったからには日本へ帰らなきゃいかん」というのが彼らの発想なんですよ。たしかにソ連が万事において乱暴極まりない国家であったとしても、しかし両国の間で戦争という事実は紛れもなくあったのだし、そうだとすれば、そのことに対する責任は日本人の誰かが負わなければならないだろう。言うならば、それが運命というものなのではないか、と僕には思えました。
 そのとき彼らは「いや、それはわれわれの意志ではなかった。命令によって、軍に狩り出されてやったことなんだから、そこで人を殺そうがどんな非道をしようが、それは命令した人間に罪があるのであってわれわれは関係ない」という論理を持ち出すわけです。しかし、「いや、そうではない。命令した人間はもちろん罰を受けるけれども、しかし実際に手を下した当人も実行犯として裁かれるのは当たり前なんだ。それが戦争の論理というものではないか」と僕は主張したように思います。それに、あなた方は二言目には「敵側のことは知っちゃいない、帰るんだ」と言うけれども、いったい敗戦国日本に帰ってどういう風に自分の存在を釈明するのか。今日は雛祭り、明日は端午の節句と指折り数えてばかりいる前に、自分は果たして今何故ここにいるか、そしてその場所をどうして日本に移さねばいけないのか。移ったなら移ったで、打ちひしがれた日本国民に対してどんな申し開きをするのか、それを考えるべきではないかと。日本に帰る権利があるので帰ってきた? そうは行きませんよと。
(143-144頁)



ここには色々な問題があげられているから、簡単に感想めいたことを書くのは危険だけれど、少しだけ。
まず、上では被抑留が「実際に手を下した当人も実行犯として裁かれ」た、その罰として捉えられているように思われる。では、
・罰だとして、それは適当かつ正当なものかどうか。(少なくとも、ソ連が日本人抑留の「理由」として主張した内容の不当性は、内村も書いている。)
・罰を受けることは当然として、しかし望郷が人の心に起こることは非難されるべきものかどうか。
・日本に「移ったなら移ったで、打ちひしがれた日本国民に対してどんな申し開きをするのか、それを考えるべき」とはいうけれど、そんな余裕がある人ばかりではないだろう。むしろ、そんな余裕がない人のほうが多かったのではないか。(だからといって、そうした人たちを私が好きなわけではないけれど)そうした〈人の性情〉とでもいった部分は、否定されるしかないのだろうか。
・・・こうした3つをふと思った。

内村という人は、とても頭がよく、立派で、きっと私はこういう人になりたいのだろう。
けれども、みんながそうなれるわけではなく、またそうなる必要もないし、違った素晴らしさも人にはあるということを忘れてしまいそうだ。
私は人を責めたくないし、責められたくない。ああ、この順番は逆だ。まず責められたくない。そうだろう、そういう保身の気持ちがありますよ。
責めたり責められたりするような、要するに何かしらの大失敗なんて、世の中になけりゃいいと思う。
でもそうはいかないということも分かってる。

ブラトノイの章が面白かった。


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幸/不幸
2009年01月10日 (土) | 編集 |
「幸福とは、考えること、云うこと、行動することが調和している状態である」

「心の中に暴力性があるのなら、暴力的になった方がよい。無気力を隠そうと非暴力を口実にするよりは。」

「間違いを犯す自由が含まれていないのであれば、自由は持つに値しない。」

以上、マハトマ・ガンディーのことばだそうです。(名言集.comより)

*****

さて、反戦という考えがあり、反戦という言葉を口にする行いがあり、でもそこまでで忘れるということがある。
また、反戦という考えがあり、反戦という言葉を口にする行いがあり、デモという行動がある。

デモも一種の暴力かもしれない。人の行動をすべて暴力とするならば。
だがそれも、無気力無関心を隠すためにしか役立たない「反戦」の言葉よりは、よっぽど幸せ、人の幸せ。
そしてその(暴)力を孕んだデモが間違いだったとしても(そんなことはないと私は信じているが)(というか何を「間違い」の基準とするかも問題なのだが)、それもまたデモの価値を証明するのだろう。
どうかね。

*****

あー、溜まってた(溜めてた)ことをやっていたら、行こうと思っていた案件(デモではないが)に間に合わなくなっちゃった。
うん、じゃあこれはこれで、幸福に変えられるようにすればよいのか。


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どっちが好きか
2008年10月26日 (日) | 編集 |
以下のうち、どっちが好きか。
好きか、っていうのも変だな。どっちが自分により(頻繁に)適当か。


(1)四弘誓願

衆生無辺誓願度
煩悩無量誓願断
法門無尽誓願智
仏道無上誓願成


(2)懺悔文

我昔所造諸悪業
皆由無始貪瞋癡
従身語意之所生
一切我今皆懺悔


私には懺悔文のほうが身近だな。受け身かもしれないけれど。
ちなみに(1)は
大乗本生心地観経の功徳荘厳品第九

一切菩薩復有四願。成熟有情住持三宝。経大劫海終不退転。云何為四。一者誓度一切衆生。二者誓断一切煩悩三者誓学一切法門。四者誓証一切仏果。


と、
摩訶止観の巻十下

約此起誓。如一空見一日一夜。凡生幾許百千億陰。一一五陰即是衆生。日夜既爾。何況一世。何況無量世。空見既爾餘見亦然。能生之見既多。所生之陰則不可数。一人尚爾何況多人。是為衆生無辺誓願度。如一空見念念八十八使。餘三見六十二等亦八十八使。一人尚爾何況多人。是名煩悩無量誓願断。如一空見修念處道品。餘一切見正助之道無量無辺。一人尚爾多人亦然。是為法門無尽誓願知。如一空見煩悩滅。無量見無量煩悩亦滅。一人既爾諸人亦然。是名無上仏道誓願成。


を参照。(たぶんここだ。)
(2)は華厳経(四十華厳ね)普賢行願品、普賢菩薩の偈文にあります。普賢菩薩だから、お経のもう本当に最後のほう。
なお引用中の文字について、旧字や異体字はだいたい簡単なものに改めてあります。

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中州産業大学教授
2008年08月09日 (土) | 編集 |
参照:YouTube 森田一義 弔辞 

多分いろんな人が感じたことだと思うけれど、以下のところが、とてもよかった。

あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は、前後関係を断ち放たれて、その時・その場が異様に明るく感じられます。 この考えをあなたは見事にひと言で言い表しています。すなわち「これでいいのだ」と。


人がなにか素晴らしかったり、面白かったり、とんでもないことばを言う。それが、言いっぱなしで終わりなのではなくて、聞いた人に強く記憶され、その人の中で響きながら時間をかけて解釈・解消されていく。

赤塚さんの「これでいいのだ」は、とても簡潔で詩的なことばだ。
それを長く、説明的な文章にしてしまうのは、(その文章もまた詩的な美しさがあったとしても)記憶するには難しくなる。その分、人の記憶から消えていってしまう可能性も大きくなる。
けれども、そうやって消えていくこと、解消されていくことの、なにが悪いだろう?そういうこともあってしかるべきことの一つだと私は思う。
私はまだ、断言できない。
けれでもきっと、それでいいのだ。

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語学の勉強…(千野 栄一『外国語上達法』)
2008年04月22日 (火) | 編集 |
外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)
(1986/01)
千野 栄一

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千野 栄一 (著)
『外国語上達法』(岩波新書、1986/01)

世の中にはすんごい人(たち)がいるものだ。
はふう。
繰り返し読みたくなる本。

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かちかちやま
2008年04月15日 (火) | 編集 |
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「見よぼくら一銭五厘の旗」
2008年03月07日 (金) | 編集 |
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