モンドの読書日記

都内の某大学へ通う学生による、日本や海外の文学関連書籍を中心とした読書記録。

随筆三国志 (講談社文芸文庫 はB 13)随筆三国志 (講談社文芸文庫 はB 13)
(2007/05/11)
花田 清輝

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花田 清輝 (著)
『随筆三国志』(講談社文芸文庫、2007/5/11)

1969年頃の本。
「儒生、時務を知らず」で、ああこの人は…とまた思ったのだった。
塩と鉄は、人の生活の基盤に関わることだから、それらの統制といった視点による孔明と王連、法正の話は読んでいて「にゃるほどなー」と。

小説の設計図(メカニクス)小説の設計図(メカニクス)
(2008/03/05)
前田 塁

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前田 塁 (著)
『小説の設計図(メカニクス)』(青土社、2008/3/5)

たしか新聞の書評に載っていて、面白そうと思って図書館で借りたのだった。
川上弘美、多和田葉子、小川洋子、西原理恵子、松浦理英子、中原昌也についての各論考を収録。
米原万里の「愛の法則」 (集英社新書 406F) (集英社新書 406F)米原万里の「愛の法則」 (集英社新書 406F) (集英社新書 406F)
(2007/08/17)
米原 万里

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米原万里(著)
『米原万里の「愛の法則」』(集英社新書、2007/8/17)

やらなきゃいけないことあるのに、記録書いて逃避してます。ううう。

先日、本屋で立ち読み(済みません、買えませんでした)。
お亡くなりになってからもう2年が経つのだな。
本当に、ついこの間のことみたいなのに。たしか新聞で訃報を知って、ウソみたいだと思ったのだった。
『オリガ・モリソヴナの反語法』『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を読んだのはいつだったか…ん、話の記憶が曖昧だ。こりゃいかん。
それはさておき、この本は四本の講演「愛の法則」、「国際化とグローバリゼーション」、「理解と誤解のあいだ : 通訳の限界と可能性」、「通訳と翻訳の違い」を収録。

人間文化研究機構国文学研究資料館文学形成研究系「平安文学における場面生成研究」プロジェクト
『物語の生成と受容―国文学研究資料館平成17年度研究成果報告 (1) 〈水〉の平安文学史』(2006/3)

画像は同報告書の(3)。((1)が見付からなかったため、失礼ながら代わりに。)

今日の夕方、大学の図書館で読みたてほやほや。(残念ながら時間が押していたのできちんと読めなかったのだが。)
現在は(3)まで出ているそうで、気になるのだが、うちには(1)しか置いていないようだ。
国文学の作品を、木・火・土・金・水に着目して場面を分析しようという試み。
国文学研究資料館(「日本文学」ではないのだな)の先生方が四名ほど執筆されています。
文豪・夏目漱石 そのこころとまなざし文豪・夏目漱石 そのこころとまなざし
(2007/09/20)
江戸東京博物館・東北大学

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江戸東京博物館・東北大学(編集)
『文豪・夏目漱石 そのこころとまなざし』(朝日新聞社、2007/9/20)

図書館の入り口付近に飾ってあったので、なんとなく借りた。
もううろ覚え…。
夏目漱石は自分の痘痕を気にして、写真も修整させてたってのが意外だった。
若い頃の写真とか、かなり整ってるのにね。
写真といえば、写真をとると長生きするとか病気を回復するだとかいう俗説があったらしく、死の床についていた漱石を、本人に分からないように家人が写真を撮らせたりしていたというエピソードがあった。老後は家族に囲まれて、その点はこの人にとっては良かったのだろう。
それにしても、外国(留学)生活ってのは人によって合う・合わないがあるのだとは思うのだが、どうして漱石には合わなかったんだろうか。
まあそんな感じで。

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天皇と倒錯―現代文学と共同体天皇と倒錯―現代文学と共同体
(1999/08)
丹生谷 貴志

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丹生谷 貴志 (著)
『天皇と倒錯―現代文学と共同体』(青土社、1999/08)


読みはじめたときは、「こりゃ何が書いてあるのか私には意味が分からん」と思ったのだが、読んでいくうちに、少しは「ああ、そうかもな」と思ったところもあってよかった、ほっとした。

何が書いてあるのか・書かれていることに何の意味があるのか分からない、というのは、収録されている評論(というのか、これは)で扱われている対象を、そもそも私がよく知らないという理由もあるだろう。
三島由紀夫、石川淳、吉田健一、川端康成、古井由吉、安部公房、坂口安吾、稲垣足穂、丸山眞男、蓮實重彦と柄谷行人、三木成夫。
このうち古井由吉なんて、名前も知りませんでした。ごめんなさい(誰への謝罪か)。


印象に残ったのは、「坂口安吾による金属チューブの罠」と「三木成夫の生物学なんて知ったことじゃない!」の二篇。

後者は、著者の学生時代の生物の先生だった三木成夫の追憶。題名の通り、三木成夫の生物学への言及は殆んど無くて、ただ氏がどんなに変わっていて面白そうな人物だったかが書かれている。それ故に、どんなに氏の生物学的な世界観も面白そうか、といった興味をかきたてられた。
こんど『胎児の世界』(たぶん中公新書でまだ読める)を読んでみようっと。

前者は、そうだなあ。

 徹底した他者性ということ、柄谷行人が指摘する様に要するにこれが坂口安吾の仕事を説明できる全てではないかという気がする。安吾の他者性はラディゲのそれ、つまりは、強引に文学的心理的倫理にまで変形された子供の酷薄さから来る神経質な切捨ての結果であるだろうそれとは異なるが、しかし、同じく殆ど生理的な資質にまで達した文字どおりの意味での倫理、つまりはエティックにまで達したそれであるだろう。(191頁)


(※下線部、原文では傍点。以下同じ。)

なんて部分は、全く分からない。「つまりはエティックなんて部分」って、どんな部分?
でも、

人間が理解し合えないものであること、つまりは他者であるしかないこと、これは安吾にとって悲劇的な事実でもなければ心理上生活上の蹉跌でもなく、一つの殆ど物理的、生理的な倫理に他ならなかった。だから彼には他者性がもたらす葛藤といったものが全て嘘か、ないものねだりから来る無意味な懊悩にしか映らなかったのに違いない。(192頁)


という文は、まだ分かる気がする。
このままでは漠然で大雑把すぎるけれど、もっと突っ込むと面白くなりそうだなと思った。

でもやっぱり、(私には)この本に書かれていることに何の意味があるのか分からない、という理由は、安部公房については『砂の女』くらいしか読んだことがないといった私の前提知識の少なさだけでもないと思うんだけど。
例えば、「三島由紀夫はポップSFである」という一篇なぞ、三島の解釈としては面白いところもある。けれども、「で、だからどうなるんだ?」と思ってしまう。それ以上の問題意識や、想像や妄想に繋がらない。
勿論それは私の責任(というほどのことでもないだろうが)でもあるのだが、しかしなあ。
なんというか、読んでいると自由やら生理やら色んな語句が出て来るのだが、それぞれのことばの示している内容が分からん。悪くすると、ことばをフワフワと使って遊んでいるようにしか見えない。それも(私にとっては)悪い意味で。

あー、読書って簡単で難しい。

*****

記録する本が溜まってしまった。

 高杉一郎『征きて還りし兵の記憶』
 杉森久英『大政翼賛会前後』
 阿満利麿『法然の衝撃』(途中で投げ出してたのを読みきった。面白かった)
 小島信夫『墓碑銘』(ちょーすんごい)

田中克彦『国家語を超えて』は、もう書かなくってもいいか。
そして相変わらず、記録するのは気が引ける理論的で難しそうな「オオモノ」は避ける、小心者もしくは卑怯者の私。
だって私ってバカだからさあ!(免罪符にもならない、愚かなせりふだ。実に。)

こんどは武田百合子『犬が星見た』を読みたいが、発表原稿が停滞。
こりゃいかんですよ。

あー、それにしても小島信夫。やっぱ小島信夫だ。


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ラフカディオ・ハーンの耳 (同時代ライブラリー (340))ラフカディオ・ハーンの耳 (同時代ライブラリー (340))
(1998/04)
西 成彦

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西成彦(著)
『ラフカディオ・ハーンの耳』(岩波同時代ライブラリー (340)、1998/04)


1993年刊の増補(「ハーンからイエイツへ」)だそうです。

Patrick Lafcadio Hearn(1850/6/27-1904/9/26日)、日本国籍を取得後の名前は小泉八雲(って、今更説明を書くのも恥ずかしいけれど)。
ハーンではなく周囲の日本人からはヘルンさんと呼ばれていたらしい。

16歳の時に左目を失明し、もう片方の眼もおそらく読書のせいで失明に近い状態に時々なることがあったようだ。それくらい悪かったらしい。
年譜を調べると、ギリシアで生まれ、イギリスのダブリンやロンドン、フランスやアメリカのニューヨーク、シンシナティ、ニューオーリンズなど、色々なところで暮らしているらしい。しかし、特に1887〜1889年間、フランス領西インド諸島マルティニーク島へ旅行した時の経験が、ハーンには強烈な印象を与えたようだ。上の本にもしょっちゅうマルティニクの名が出てくる。
松江で英語教師をはじめたのは、1890年。そこで小泉節子と結婚したのは翌1891年。
それから熊本、神戸、東京へ。

大江健三郎同時代論集〈7〉書く行為 (1981年)大江健三郎同時代論集〈7〉書く行為 (1981年)
(1981/05)
大江 健三郎

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大江健三郎(著)
『大江健三郎同時代論集〈7〉書く行為』(岩波書店、1981/5/25) 

これも図書館で借りた。
花田清輝を読もうとして、結局こっちに気が移ってしまった。

この人の書いたものを、私は避けてきたわけだけれど、もっと早く読めばよかった。
でもそれもきっと「遅すぎる事なんて 本当は一つもありはしないのだ 何するにせよ 思った時が きっとふさわしい時」(真島昌利『泣かないで恋人よ』 )。
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