落合 東朗 (著)
『石原吉郎のシベリア』(論創社、1999/05)
自分の書こうと思う論文に、直接的に関係する本については、私は日記に書かない。
けれども、これは例外的な一つ。
いま書かないと、大事なことなのに忘れてしまいそうだから。
著者が、ペシミストは鹿野武一ではなく石原吉郎のほうだったのではないか、と言っているところが印象深かった。
それから、大山郁夫参議院議員のこと。
先日読んだ高杉一郎の『シベリアに眠る日本人』に、たしか「戦後まだソ連に日本人抑留者がいる頃、ひとりの参議院議員がソ連に行き、抑留者の解放を求めた者がいて、そういう議員がちゃんといたんだと思って安心した」といった内容のことが書かれていた。そこには議員名が出ていなかったように思うが、それはこの大山郁夫のことじゃないかと思った。
大山郁夫は、1932年に連れ合いとアメリカに亡命し、1947年日本に帰還している。早稲田大学で教えた後、1951年に京都で参議院議員に当選。そして1951年にスターリン平和賞を授与されている。この受賞について、上の著者落合さんは、「スターリンと平和賞の結びつきほどグロテスクなものはなく、受賞を受けいれた大山の存在すらにわかに遠のいていった」(216-217頁)と記している。
けれども、おそらくこれが、大山議員が1953年にソ連外務相モロトフとの会談で抑留者の解放を求めたことの大きなきっかけだったのではないだろうか。そんなことを思った。
さいごに、鹿野武一がカラガンダで妹や妻に書き送ったことば。
死ニイタルマデ忠信ナレ、ソノ人ハ生命ノ冠ヲ得ン
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