前田 塁 (著)
『小説の設計図(メカニクス)』(青土社、2008/3/5)
たしか新聞の書評に載っていて、面白そうと思って図書館で借りたのだった。
川上弘美、多和田葉子、小川洋子、西原理恵子、松浦理英子、中原昌也についての各論考を収録。
青土社のHPを見ると、「読むための手練 書くことの手管 / 誰もが、この一瞬を長らく待ち望んでいた。前田塁のしたたかな 「読み」 によって、文学の批評が、いま、嘘のように息を吹き返したのである。 ――蓮實重彦」っていう文句が見られる。
ははあ、凄そうな。「誰もが」「一瞬」を「長らく」、と。「したたか」な著者が文学「批評」の「息を吹き返」させたのか。「嘘」みたいな奇跡だ、と。
つまり〈みんな!凄いよ、見てみて〉ということなのだろうが…それだけのことをこんなに表現できるのかー。
内容は、川上弘美についてはその権力のありさまが少し分かって、そこはちょっと面白かった。
が、他はよく分からん。
こんな分解の仕方にどんな意義があるのか、私には分からん。
分かり易くいうと、私にはつまらんかった。
よって、取り上げられている小説家(?)のなかに、私は未読の人もいるのだが、いよいよ読む気が起きなくなった(おお、そういう効能はあったか)。
こういうように「つまらん」なぞと書くと、「ひとが一生懸命考えて書いたものを(しかもエライ人が褒めて)(売上げも大きいものを)、えらそうによく言えるな。なんならお前がもっと立派なものを書いてみろ」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、そんなヤサシサならば私の中にもあります。
ほんっと、人ってどうしようもないね。
ま、どうしようもない人も好き(な場合はなきにしもあらずだ)けどね。
嫌いな場合のほうが多いかもしれないけどね。
そんなことはわからん。
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