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学問の大禁忌は作輟なり。或は作し或は輟むることありては遂に成就することなし。故に片時も此の緩がせなくするを、その志を持すると云う。(吉田松陰、「講孟箚記」安政二年七月二十六日)
苦手で。(佐藤正英『小林秀雄―近代日本の発見』)
2008年07月15日 (火) | 編集 |
小林秀雄―近代日本の発見 (再発見日本の哲学)小林秀雄―近代日本の発見 (再発見日本の哲学)
(2008/03)
佐藤 正英

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佐藤 正英 (著)
『小林秀雄―近代日本の発見』(講談社、2008/03)

「再発見日本の哲学」シリーズ。
実は他にも買ったり、借りてたり。

「(…)在りようで現出した」(7頁)とか、「希求してやまなかった」(10頁)とか、「現存する自己に回折する」(22頁)とか、ああ、きました、きましたねといった感じでした。どうも私には、腰のあたりがむずむずとしてしまう感じだ。一応、読み進めていくうちに少し慣れてはくるのだけれど。
第一章ランボオにはじまり、以下主に小林秀雄が深く関わり論じた、ドストエフスキイ、モオツァルト、ベルグソン、本居宣長が章題にされている。
おそらくこの本は、小林秀雄の思想(思考?)遍歴を、一緒に辿ってみようとしたものなんだろう。ちがうかな。

正直なところ、どこがどうなのかよく分からない。(この文もよく分からないだろうが。)
たとえば第二章ドストエフスキイ。
ドストエフスキイの作品をとりあげて、ドストエフスキイの思想を論じているのか、作品解釈をしているのか、思想を論じている小林秀雄の思想を論じているのか、小林秀雄の解釈をしているのか。
ううむ。
小林秀雄を引きつつ行なった、著者のドストエフスキイ論だったような。

まあだから、さっき書いたように、小林秀雄の思考遍歴を、彼の中心的な読書歴でもって一緒に辿る本なのだろう。
それゆえに、よく分からないなりに何か小林秀雄像みたいなものが漠然と得られたような。
難しいなあ。

例えば、次のような部分。

 聞き馴れない言葉であるが、街なかの雑踏を行く群集を、土俗のひとびととよぶとしよう。土俗のひとびとは、文明を担う選良層である国民や孤絶した個としての選良とともに近代日本を形作っている。
 孤絶した個としての選良であるとは、ランボオや『罪と罰』のラスコオリニコフがそうであるように、自己の在りようをめぐって意識的であって、自己の在りようをなんらかのかたちで表出しようとする在りようであるが、土俗のひとびとであるとは、街なかの雑踏を行く群衆のように、自己の在りようをめぐって無意識であって、自己の在りようを語ることに無縁な在りようである。
 孤絶した個としての選良であるとは、他のひとびとに対し屹立する在りようであるが、土俗のひとびとであるとは、凡常であって、他のひとびとに埋没している在りようである。
 近代日本のひとびとは、孤絶した個としての選良であるか文明の担い手としての国民である選良層であるか土俗のひとびとであるかのいずれかに分類されつくすのではない。ひとびとは、或る局面では選良であり、或る局面では土俗のひとびとである。選良であることと土俗のひとびとであるとは、近代日本のひとびとを形作っている因子である。西欧近代の孤絶した個としての選良であるランボオも、詠うことを捨てて土俗のひとびとにまじりこみ、近代ロシヤのインテリゲンシャであるラスコオリニコフも、理想化されたナロオドとの融合を追い求めてあがく。
(105頁)



私には、どうしても素直に受けいれられない。
自己の在りように意識的/無意識的という。それはそのまま、他への屹立/埋没という。…本当にそういえるだろうか?
土俗や選良の「いずれかに分類されつくすのではない」ともある。局面によって、いずれにもなるという。…けれども、引き合いに出されるのは「選良」の面を主とするランボオやラスコオリニコフだ。そして、それらが「土俗」を希求することの意味(といってよいならば、意味)は?

しかしまあ、この本のテーマは、人間についてではなくって小林秀雄についてだものな。
難しい。
最後の、本居宣長(の『古事記伝』)との関連の章は、まとめとして一番面白かった。
著者の〈もの〉〈たま〉論も、(途中の章に出て来た時もすごいなとは思ったけれど、)ここでまた落ち着いたような。
ただし、やっぱりイザナミの話がなあ。一番肝心なところがなあ。
果たして、黄泉でのイザナミの醜悪さは、モノ・コトを生むちからの醜悪さといえるんだろうか?
(いえるとしても、そこにはもっと説明が必要ではないだろうか?)
オオゲツヒメは、そりゃあ豆なぞが生えたかもしれん。
が、イザナミは蛆がたかってるんだよ?蛆は普通、食べないよ?…などという俗な感覚からくる疑問が、どうしても頭を離れない。ううむ。

こんな私は、随分前に読んだ小林秀雄の作品を、全然おぼえていないんだけど。
どうもしっくりこなくて。(という記憶だけはある。)
…と、これまではお茶を濁してきたが、そろそろそれでは済まされないだろうなあ。

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