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学問の大禁忌は作輟なり。或は作し或は輟むることありては遂に成就することなし。故に片時も此の緩がせなくするを、その志を持すると云う。(吉田松陰、「講孟箚記」安政二年七月二十六日)
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はじめてのナショナリズムに(アンダーソン『増補 想像の共同体』)
2009年03月20日 (金) | 編集 |
想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (ネットワークの社会科学シリーズ)想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (ネットワークの社会科学シリーズ)
(1997/05)
ベネディクト アンダーソン

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ベネディクト・アンダーソン『増補 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行』(白石さや・白石隆(訳)、NTT出版)

もはや古典と呼ばれているであろう本、先月ようやく読了。
一つ一つの細かい論を、全部きちんと理解したとは言い難いにもかかわらず、わくわくしながら読めた。時々そういう本がある。それはきっとそうした本が、全体の雰囲気の次元で、新しい物事の見方を指し示し導いてくれているからだろう。
そんな「全体の雰囲気の次元」を構成しているのは、もちろん一つ一つの語なのだけれど。
不思議だなあ。まさしく思議せず(不思議)の領域。

どこにあったか今ちょっと見つけられないのだけれど、「言語は排斥の手段ではない」という一文が強く印象にのこっている。
それから、第ⅩⅠ章「記憶と忘却」にあった、ルナンの『国民とはなにか』の読解がすんごく深くて面白い。どきどきした。

…いろいろ面白い本や読(んで)みたい本は沢山あるのだけれど、本当に必要な本というのはそう多くない、というか、多くないようにすべきだ。読み手である私が。
なぜなら、何度も繰り返し読む/ゆっくり時間をかけて読む、という読書法をとるべき本があって、そのためにある時間はかぎられたものだから。

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