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学問の大禁忌は作輟なり。或は作し或は輟むることありては遂に成就することなし。故に片時も此の緩がせなくするを、その志を持すると云う。(吉田松陰、「講孟箚記」安政二年七月二十六日)
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贋・理解者(富士正晴『贋・久坂葉子伝』)
2009年03月20日 (金) | 編集 |
贋・久坂葉子伝 (講談社文芸文庫)贋・久坂葉子伝 (講談社文芸文庫)
(2007/08/11)
富士 正晴

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富士正晴『贋・久坂葉子伝』(講談社文芸文庫)

これまた分厚い本でした。文庫にして599ページ。解説やら全てをいれれば600ページを超えています。
富士正晴にここまで思われた久坂葉子は、どれほど魅力的だったのだろうか。私は久坂の書いたものを読んだことがあるが、それは熱く正直で、妙に爽やかで悲しい感じを受けた。と、これだけ書くと富士正晴と似た感じだが、両者は全然違う。

 わたしにはどうも久坂葉子がシンデレラ姫だとは思えなかった。「幾度目かの最期」という私小説は、いつもわたしを苛々させる。自殺する人間は、何と得手勝手な時限爆弾をしかけて行くのだろう。そいつは自分を苦しめた世界をばらばらにくだいてしまいたいから死ぬのではあるまいか。世界の中で最も自分に手近な自分自身を爆発させて、そいつを世界爆発の口火にするのではあるまいか。こいつ、水爆の先を行きやがったと、私は下卑た感想を口に出したのである。親達がやり切れながるのも無理はない。けれど又、親達をやり切れながるのも無理はないのだ。
(532ページ)


ここにどれだけの理解と愛情と冷静さが書かれていることか。
と思った。でも同時に、
それだけの理解者であっても、愛情と冷静さがあっても、どうしようもないことがあるのか。
とも思った。

タイトルにある「贋」の文字。これこそ嘘なんじゃないのか。
本当の伝記のようだ。

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